『百科全書』 (文庫クセジュ)

「百科全書」の新書版入門書であり、概説書であり、歴史書でもある。新書といっても、文庫クセジュだから、日本人読者にもわかりやすくというサービス精神はないと覚悟しておいたほうがいい。本書は、「百科全書」のうちの、図版の研究に焦点をあてた本である。そうなると、日本の各社新書のように図版のたくさん詰まった本を期待してしまうのだが、そこは頑固な文庫クセジュのことである。驚くべきことに、原書には、図版は一枚も載っていないのである。訳者も、さすがにこれではまずいと思ったのか、翻訳本には、日本人むけに、各種版本のタイトルページ（題字とその下の絵）が載せられ、図版がたったの一枚であるが、収録されている。というわけで、ビジュアル的には、あまり期待のできない本である。また、全５章のうち、第一章「起源と歴史」、第二章「本文と執筆者」は知らない人名が頻出することもあり、なかなか忍耐を要する。ちょっと眠い。しかし、第三章「図版」になると、眠気が覚めて、がぜん面白くなる。「図版」の載っていない図版の章が、なぜ面白いかというと、それは「図版」という魅力的なものについて書かれた章だからである。１０５頁から１１４頁まで「百科全書」各卷の図版詳細（図版目録）が載っているのだが、これを眺めているだけで、楽しい。第四章は「補遺」及び「目録」であり、主に「補遺」について述べている。これも珍しく、面白い。「補遺」の歴史は「百科全書」完結後の歴史であり、「補遺」で一番重視されたのは、「精密科学」と「医学」である。終章の第五章は「ヨーロッパで刊行された「百科全書」の諸版と題され、ルッカ共和国版、リヴォルノ版、ジュネーヴ版、ジュネーヴおよびヌーシャテル版、ベルンおよびローザンヌ版・・とヨーロッパ規模での「百科全書ビジネスの展開」が述べられる。「百科全書」は収録内容自体にオリジナル性があるとはいえず、その編集にオリジナル性（現代風にいうと著作権）があるという本だが、そういう本を基にして、様々な派生本、集成本、翻訳翻案本が作られていく歴史はなかなかに面白い。私的結論後半は大変面白かった。全部読んでから前半を読み返すと、かなりわかりやすく、面白くなっていた。